コストで選ぶ転職
私はたまたまサラリーマン時代に、本を読むのが趣味だから、大いに本を読んでは遊んでいた。
上司や同僚は皮肉まじりによくいったものである、「Eさんはえらいですナ、勉強ばかりしておられますナ」。
しかし私は格別に立派なことをしているわけではない。
本を読んでいるのがいちばん楽しい。
古い中国の英雄たちと対話したり、志を得なかった戦国の武将の無念の声をかすかに聞いたりするのが楽しいから本を読んでいた。
それだけのことである。
だから海外旅行の好きな人はそれを楽しめばいい。
そのようにして、自分のいちばん楽しいものを大事にしていくことである。
ともあれ大事なのは自分で遊びに対して上下の差をつくらないことである。
中高年はそれをつくるから、遊びまで気合を入れてやろうとする。
サラリーマンの遊びといえば、町を歩くことも勉強になる。
実務家にとっての勉強というのは、本を読むことだけではない。
あらゆることが勉強になる。
町を歩くのは罪悪だ、本を読むのはえらい、こう決めるから結局どっちもやめたということになる。
遊びはムダであっても、サラリーマンをいちだんとしぶとくさせる。
だから遊びの余力をもっている人がやはり強い。
日本の会社人間はよく誤解されている。
何もかも会社のために犠牲になって尽くしてきたと。
ところが高度成長期においても、ただの働き蜂は部長クラスになるまでに、もうへとへとになっている。
トップまでいける人は、家庭のサービスもして、自分の遊びもやって、なおかつ仕事も懸命にやってのし上がっている。
その点はいまも昔も変わらないが、いまはかりに生涯平社員でも、そういう余力やタフな神経がいるということである。
最近会社人間に対して、産業廃棄物だとか、粗大ゴミだとか、いろいろいわれている。
日本経済をここまで支えてきた経済戦士に対してそういういい方はないだろうと思うが、経済戦士の中からも、いま「こんな会社人間にだれがした」という怨嵯の声も聞こえる。
またいまの新人類は、ただの会社人間を相当かわいた目で見ている。
これはかならずしも新人類が甘いのではない。
私は新人類の真打ちのようなものをじかに知りたかったから、ある私立大学で柄にもなく一時期講師をやってみたが、そこでひょいと気がついたのは、いま大学生が遊びに浮がれているのは、彼らがこれからの会社が甘くないということを知っているからではないかということである。
彼らは彼らなりにしたたかである。
若い社員がいまから老後の心配をしているというのは、これから会社は頼りにならないということがわかっているから心配しているのである。
新人類を旧人類は自らの経験の延長線上で眺めてはならない。
むしろ旧人類は、会社が最後まで自分の面倒を見てくれないということをわかりながら、ひょっとしたら、という幻想を捨て切れないでいる。
忠誠心ではなく、忠誠心ゴッコをしているようなものである。
このところ会社で忠誠心ゴッコをやっているサラリーマンが増えてきた。
忠誠心ゴッコと忙しゴッコをやっている。
しかしかりにそれによって肩叩きとかを免れたところで、定年後をどうするのだといいたい。
四十ぐらいになったときに自分の古くなったもの、これから先とても使えそうもないものなどはどんどんスクラップにしていく必要がある。
どんどんスクラップ化して、もう何も残らないようなら危なっかしい。
何か残るものがなげればならない。
乙の頃は会社も冷たいもので、四十代、五十代の社員の残余能力を一人一人調べているところもある。
残余能力のあまりない社員の給料の取り分を減らしていこうというわけである。
亭主元気で留守がいい高度成長期には、あなたは会社派かマイホーム派かとよくいわれてきたが、むしろこの両者の平和的共存ができたのがサラリーマン黄金時代というものである。
マイホーム派でも課長ぐらいにはなれた。
だからこそサラリーマン共存時代といわれるわけである。
ぼくはもうマイホーム派でいくとか、ぼくは会社派でいくと淡々と主張ができた。
ところがマイホーム派はもとより、ただの会社派もむずかしくなってきたのがこの八〇年代の後半から始まった高失業時代の特徴である。
人が余りだしてきで社員の忠誠心がだんだん重荷になってきた。
もう忠誠心などは要らんといいだすドライな経営者も増えている。
極端な話、開発スタッフと営業マンさえ一軍であれば、もうほかは二軍、三軍で十分じゃないかと。
また一方で、企業に新しい血を入れたい、新しい発想を入れたい、新しい文化を入れたい、そのために人材を引き抜こうとしている。
社員の結束力と忠誠心の強すぎる企業が強いとはかぎらない。
むしろ弱くなるケースさえある。
新日鉄一家とか、石播一家とか、M村は、だんだん足腰が弱くなっている。
もっとゆるやかな、もっとしなやかな組織にならないといけない。
社内失業者が増えている会社ほど、社員の忠誠心があり余って困っている。
みんな忠誠心ゴッコをやりだして、私こそ会社に役立ちます、みんな役立ちますよ、会社のためを懸命に思っています、だから人や組織など変えないで、このままで何とかやっていきましょうやということになる。
おまけに家へ帰れば女性の社会化が始まっているから、最近の流行語は「亭主元気で留守がいい」。
いまは、「私はマイホーム派でいくから、出世を犠牲にして家へ帰ってやった」といっても、嫁さんも子供も満足しない。
亭主が早く帰りすぎてシラケてしまう。
そういう状態にある。
いまの家庭の主婦は独り歩きしだしている。
単身赴任が増えてきたのは、家庭の主婦が、亭主と一緒に見知らぬ土地に行きたがらないからでもある。
単身赴任の一番目の大きな理由が家のローン、次に子供の教育、両親の面倒や嫁さんの仕事と続くが、さらに詳しく調べてみると、最近は嫁さんが亭主の転勤の場所についていきたがらないのがホンネであることがわかる。
それはどの企業でもうすうすわかっている。
だから労働組合がやっているように、単身赴任手当を上げたり、学校の受け入れを自由にしても単身赴任はなくならない。
嫁さんは地域社会に密着してしまっている。
PTA、カルチャーセンター通い、ママさんパレー、パートタイマー…。
何がと忙しい。
マイホーム主義の亭主に早く帰ってこられてはうれしい顔ができない。
そういう時代に入ってきている。
だから、いまの中高年の働き蜂は、皮肉ないい方だが、会社からはもう忠誠心は要りませんといわれ、家庭でも、亭主元気で留守がいいといわれている。
ところが、会社のために、家庭のために戦ってきた亭主はそれ以外に生き甲斐は何もない。
それで、オレはカラッポというのがいまのサラリーマン・エレジーである。
ノイローゼも増えてくるわけである。
私は、これは日本のサラリーマンのナルシシズムがもたらしたものだと思う。
会社のためにオレはここまでやってきた、子供や妻の幸福のために自分を犠牲にしたという考えはあっても、肝心の自分のために、という発想がなかった。
これから自分のため、ということをもっと大事にすべきである。
それがひいては、会社のためにも、家庭のためにもなると、逆発想をしていくべきである。
だからまず自分の生き甲斐、自分の確たる居所をもつことが先決問題である。
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